ショパンコンクールに想う

 

 今月は6年ぶりに開催されたショパンコンクールのおかげでニュースを見てウキウキすることが多かったです。今までは、コンクールの結果を知り、後で入賞者の演奏をCDで聴いたものですが、今回コロナ渦の開催となり、第一次予選からYoutubeでコンテスタントの演奏を視聴できたのです。次々と上がってくる動画を前にじーっと聴き入る時間は、部屋に深く差しこむ秋の陽射しを受けて、本当に美しい音楽の世界へと跳んでいくような気持にもなりますし、美しさの中にどことなく憂いを感じたりもして・・・

若き才能ある数々のピアニストを通して、ショパンの語りたかったことを十分に味わう秋のひとときとなりました。

ショパンの音楽と言えば、ポーランド国家の苦悩の歴史と、古くから土地にある民族音楽と言えるのだと思います。何度もロシアをはじめとする隣国からの侵略を受けて、そのために戦った人々の愛国心の象徴のような存在です。ショパンは早くから才能を見出されたため、武器を持って兵士となって戦うのでなく、芸術の力でポーランドを守って、と請われ、20才で国を出ることになります。ウィーンからパリへと渡り、一度も祖国へ帰ることなく39才で亡くなります。当時ドイツにいたRシューマンがショパンの演奏を聴いて「花の中にかくされた大砲」と評した、という話は象徴的です。当時は不治の病だった結核に罹り、病の苦しみも同時に抱えたショパン。

色々と知るほどに思いは募ります。あーワルシャワに行きたい。

(2021年10月)


本番をひとつ終えて

 

 今年も宇都宮へ行ってきました。ちょうど一年前と同じ10月の第一土曜日。

一年に一度恩師が企画してくださる会で、一日いろんな人のピアノの演奏を聴き、また自分も真剣に弾くという場。ここでいういろんな人とは、現在恩師に指導を受けている若い学生の方から、私のようにかつて恩師に指導を受け、今はそれぞれ社会人として生活をしながらピアノを弾いている幅広い年齢の方々です。また今回はゲストステージでに菅原望さんという、会場となった宇都宮短期大学音楽科でピアノを教えていらっしゃる新進気鋭のピアニストの演奏を聴くこともできました。プログラムの選曲がちょっとユニークで、ピアノ独奏用にアレンジした曲目が大きく取り上げられていました。その中でもラフマニノフのシンフォニー2番のあのロマンティックな3楽章は印象的でした。オーケストラのなかでも特に弦を歌わせ、繰り返しで出て来るちょっと感傷的な旋律を、ピアノ一台で存分に歌い上げ充分に響きを作り大きなスケールで楽しませてくださいました。

その見事な演奏のあと、同じピアノで弾く私のベートーヴェン。

今となっては、もう一回チャンスがあればもっとこう弾くだろう、とか、あそこの音は自分が思った響きで伝わったのだろうか・・・等々いくらでも出てきます。でも、あの緊張感の中であの時初めて弾いたスタンウェイの音、ホールの響きの感触、それ自体がたまらなく嬉しかったです。

(2021年10月)


もう秋だわ

 

 気が付けば9月が終わろうとしています。どうりで家に差し込む太陽の光が心地よいわけです。夏までに新しい生徒さんをたくさん迎えたおかげで、ひたすらに前へ進むべく気持ちで過ごしていたら、季節が変わっていたというのが実感です。

 コロナによって社会は相変わらず場当たり的な動きをし、その中で何とも言えない思いを抱えて生活すること、その思いを適当にやり過ごすことにも、この頃は慣れてきているように思えます。

 

 レッスンへ通っている子どもたちは、学校で予定している体育発表会へ向けて、ダンスや体操の練習している様子をよく話してくれます。子どもたちには単純に体を動かすことの楽しさ、練習を重ねて自分の表現を作っていく楽しさがあるのでしょう。一方現場の先生方は感染防止策を前提にいろいろ知恵を絞っていることだろうなあ、と想像します。昨年のように運動会を一斉中止とせず、できることをやる、という多くの人の努力あってのことだと思います。

子ども達の体育発表会と同じ日、私もピアノの恩師が主催する会でピアノを弾くことになっていて、これまで時間をかけて準備してきました。今回はベートーヴェンのソナタ第31番の中から1と2楽章を弾きます。この偉大な作品を作った頃のベートーヴェンの年齢に、自分がだんだんと近づいていくと気が付いたとき、これは弾かねば!と思ったのがこの曲を選んだきっかけです。ベートーヴェンのことを調べていたら「音楽とはまことに心と感覚とを正しく結びつける唯一のもの」という言葉に出会いました。この言葉を胸に演奏にしたいな、と思います。(2021年9月)


ピアノ・ア・ラ・メゾンピアノ第4回ピアノ発表会

 

 

5/3に予定していた第四回発表会は、直前の緊急事態宣言によりいつものスタイルで開催することはできませんでした。劇場側の「無観客なら良い」という見解には耳を疑いましたが、劇場の人が悪いわけでもなく・・・何ともいえない気持ちを抱え中止にすることも検討しました。

一方でウィーンホールを使えるチャンスを諦めない方法を模索する。私の思考はどんどんそちらへ移っていきました。その考えに理解を示してくださった保護者の方々が居てくださったおかげで、例年とは違うかたちで舞台を使い、少人数で、子どもたちが準備してきたピアノを聴くひとときを持つことができました。

「ピンチはチャンス」という言葉を聞いたことがあるけれど、今回のことで結果的には大きなチャンスを得たと思っています。

それは、こうした不安な状況にあっても、子どもたちを見守るご家族の互いの信頼感があって、生で音楽を共有するときが持てたということ。これは意味があることだったなあと、終わってから気が付きました。

そして子供たちの成長の中に、音楽に触れる時間を大切に考えている大人がたくさんいること、そんな素敵な人たちに支えられてピアノ教室があることにも気が付けました。

(2021年5月)

 

 


2021年初めに思うこと

 

デジタル社会が私達人間の追いつくことのできないスピードで進化しているこのごろ。

私達はその恩恵を当然のように享受し、便利で快適な生活を手に入れることができました。

面倒なことが少なくなり、都合の良いことが増えたはずなのに、なぜか窮屈さを感じてしまうのことはないですか?

数ある画面を見れば、自分本位で不寛容な言葉が目に飛び込んでくる日常。技術の進歩がそんなに人をエラくしたのだろうか、と疑問に思うのです。

 

 ピアノを弾くこと。きっかけはそれぞれ、弾きたいと思う気持ちもそれぞれです。入り口はとても個人的なものです。ところがこの音楽の世界は、自然の中で人間が刻んできた歴史、人々のローカルで小さな暮らしの営みを、国や文化を越えて知る体験と繋がっているのです。

 デジタルには測れない価値に目を向けて育むこと、これが人の生きる力になることをこの2020コロナ渦で私が体験的に学んだことです。

自らの身体と頭を使い、心を開いて。

結果や答えをすぐに求めない豊かな時間を過ごしたいものです。

(2021年1月)